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青森地方裁判所 昭和53年(行ウ)1号 判決 1980年1月22日

原告

橘直吉

被告

十和田労基署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和四八年五月二三日原告に対してした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金給付不支給の決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の実子亡橘正雪(以下正雪という)は、昭和四四年七月から青森県立三本木農業高等学校建設工事の元請人株式会社福万の下請をしていた白山タイル店主白山三穂に、同工事現場のタイル工として雇傭され、その仕事に従事していたが、同年九月一五日午前八時三〇分ころ、出勤のため自己所有の自動車を運転して、青森県三戸郡南部町大字大向字飛鳥三九の自宅から同工事現場に赴く途中、同県十和田市上伝法寺町の国道四号線道路上において訴外中村満千夫の運転する車輛と衝突し、頭蓋骨々折により間もなく死亡した。

2  そこで原告は、被告に対し、昭和四八年三月一五日正雪の死亡が業務上の事由によるものであるとして、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金の保険給付を請求したところ、被告は同年五月二三日付で、正雪の死亡は通勤途上の事故であり、業務上の事由によるものでないとの理由で、原告の請求にかかる同保険給付を支給しない旨の決定(以下本件決定という)をした。

原告は本件決定に対し、同年七月二〇日青森労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたけれども、同五〇年九月一三日付で前同様の理由により右請求が棄却されたので、更に同年一一月一八日労働保険審査会へ再審査請求したが、同五二年一一月二日付で再審請求棄却の裁決を受け、同五二年一一月四日原告にその送達がなされた。

3  しかし本件決定は次のとおり業務上の事由による正雪の死亡をそうでないものと誤認した違法がある。

正雪は、前記白山タイル店主白山三穂に雇傭されるに際し、自宅からの通勤より距離が短い三本木農業高校工事現場宿舎若しくは白山タイル店に宿泊を申し入れたところ、満杯であるため自宅から自動車で通勤するよう指示されたため、自家用車で通勤していたものである。このため日当二、五〇〇円のほかにガソリン代二〇〇円をうけていた。

又、右自動車には、タイル張工事に必要な舟(セメント、砂などをねり混ぜる箱形の容器)、コテ、砂とうし、バケツ等を積み通勤していたものであり、右道具類は実際に工事に使用していたが、これを白山三穂は是認していた。

以上の事実から、正雪の死亡はたとえ通勤途上のものであっても、事業主が提供する通勤専用バス乗車中の交通事故と同様、労働者災害補償保険法第一条の「業務上の事由」によるものである。

4  よって原告は本件遺族補償年金給付不支給の決定は違法であるから、その取り消しを求めるものである。

第三請求の原因に対する認否および被告の主張

一1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の前段の事実中、正雪の死亡が業務上の事由によって生じたものであることは否認するが、その余は認める。同後段の事実中、原告が審査請求、再審査請求をしたこと及び右各請求が棄却されたことは認め、その日時については否認する。

3  同3は争う。

二  本件決定は次に述べるように適法である。

本件被災は労働者災害補償保険法(昭和四八年九月二一日法律第八五号による改正前のもの。以下同様)一条にいう業務上の事由による災害といえず、同法に基づく災害補償の対象とならない。即ち同法に基づく災害補償の対象となる業務上の事由による災害とは、労働者が労働契約に基づいて事業主の業務の遂行中に現実に事業主の支配下及び管理下にある状態で災害が発生したものであること(業務遂行性)を要するが、通勤途上で発生した災害は特段の事情がない限り事業主の指揮、命令に基づく支配下におかれていない状態で発生した災害であるから、労災保険法が適用されないものである。

正雪は、昭和四四年七月五日から青森県三戸郡南部町大字大向字飛鳥三九番地の自宅から自己所有の小型トラックを自ら運転し、本件工事現場へ通勤していたが、本件被災の数日前までは、報酬は出来高払の請負で就労していたものであり、以後日当二、五〇〇円で本件工事に従事してきた。

被災当日の出勤において、正雪は、白山三穂の特別な業務命令された事実がなく、タイル張工事用の道具類を持ち歩いていたとしても、それは右白山の指示命令に基づくものではない。

又、正雪の報酬が前記のように出来高払の請負制から日当制に変わったとしても、通勤自体について白山三穂の支配、管理下におかれていたものとはいうことができず、右白山が仮に「通勤してくれ」と言明していたとしても、右の結論に格別の差異をきたすものではない。

したがって、被告のした本件決定には何らの違法も存しない。

第四証拠(略)

理由

一  原告の七男亡橘正雪が労働者災害補償保険法三条一項所定の適用事業の事業主であるタイル工事業白山タイル店こと白山三穂方に、昭和四四年七月頃タイル工として雇傭され、株式会社福万から下請した三本木農業高校のタイル張り工事に従事していたところ、原告主張の日時ころ自宅から右作業現場へ自己所有の自動車で通勤途上、交通事故により死亡したこと、原告が亡橘正雪の右死亡をその業務上の事由によるものであるとして、原告主張のような遺族補償年金の支給請求を被告にしたが、原告主張のとおりの不支給の本件決定をうけたことについては、当事者間に争いがない。

二  そこで被告のした本件決定の適否を検討する。

労災保険法に基づく災害補償保険給付の対象となる災害は、同法第一条によれば業務上の事由によるものであることを要し、また同法第一二条第一、二項の規定するところによれば、労働基準法第七五条ないし第七七条まで、第七九条及び第八〇条に定める災害補償の事由すなわち業務上の災害とされている。しかし、このように業務上の事由による災害といい、業務上の災害といっても同義であり、そして使用者の労災補償責任が一種の損害賠償責任であって、労災保険はかような使用者の災害補償責任に対する責任保険の性格をもつものであることを考慮すると、ここにいう業務上の災害とは、それが本件のごとく突発的な事故による死亡の場合には、労働者が使用者の指揮命令にもとづく支配下におかれている状態において発生したものであることを要するものと解すべきである。しかして、労働者が出勤の途上で蒙った災害は、特別の事情のない限り、労働者が使用者の指揮命令に服していない状態の下におけるものとして一般には業務外のものと認めざるを得ない。

そこで亡橘正雪が昭和四四年七月白山タイル店との雇傭契約に基づく出勤途上の死亡について、業務上の災害によるものと判断すべき特段の事情が存在したかどうかについて判断する。

(証拠略)によれば次の事実が認められる。白山タイル店事業主白山三穂は、十和田市の三本木農業高等学校のタイル張り工事(以下三農工事という)を株式会社福万組から下請し、昭和四四年六月一六日から右工事にとりかかったが、同年七月初めころ亡橘正雪と右タイル張り工事につき報酬は一平方メートル当りの単価による出来高払制とする下請契約を締結し、これに従い正雪は同月五日から翌八月一五日まで三農一号校舎のタイル張り工事に従事した。次に、同年九月に到り、右三農工事の内の志岳寮のタイル張工事について、正雪の希望により請負制の出来高払から日給制の雇用契約を締結し、これに従い正雪は、日給二、五〇〇円の報酬で、九月五日から本件事故の前日である同月一四日まで稼働したが、その間の実稼働日数は六・五日であった。

右日給制の雇用契約に際し、正雪は工事現場の元請人福万組の飯場か、事業主白山三穂の自宅に寄宿して通勤することを希望したが、当時白山三穂の従業員が、右福万組の飯場に宿泊中他の組の仕事をしたことからその使用を拒否されていたこと、白山三穂の自宅も手狭で正雪を受けいれる余裕に乏しかったこと、三農工事現場へ正雪の自宅から通勤するのと、白山三穂方から通勤するのとではその距離が大差ないことなどの事情から、結局正雪は、自宅から通勤することを承諾した。その際、正雪がその所有する自家用小型トラックで通勤することは両者間において、当然の事として了解されていた。

また、本件タイル張り工事に必要な塗りゴテ、手ゴテ、砂通し、トロ舟等の手道具類について、正雪は自己所有のものを使用し、通勤にはこれらを自動車に積んで持ち運ぶなどして、その保管も正雪がなし、本件事故の際にも自動車に積んでいた。

以上のように認められ、右認定をくつがえすに足りる確かな証拠はない。

しかして前認定のように正雪は雇主白山側の事情もあって自宅通勤することとなり、右通勤に正雪が、その所有の自家用自動車を使用することは雇主も当然了解していたが、この一事をもって、右通勤につき雇主の支配関係が及んでいたと認めることはできず、この点雇主の提供する通勤専用バスもしくはこれに代わる交通機関の指定と同視することは直ちには認め難い。なぜなら、雇主としては正雪が他の交通手段を採用しても何ら異とするに足りるものではなく、業務に関連した雇主の支配領域内の事柄とは別の次元で発生したものと考えられるからである。原告は、特に自家用車のガソリン代として日額二〇〇円が別途支給される旨の契約があったと主張するが、右事実に添う(証拠略)は、(人証略)に照らして措信できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。又、仮に右契約が存在していたとしても、その趣旨は、交通費の一部支給と同様もっぱら通勤者に経済的利益を与えるだけの性質を有するものと推認されるから、直ちにこれをもって雇主の交通機関の提供と同視することはできないと解される。

また前認定のように正雪は、本件工事に必要な手道具類を保管し、これらを事故当時自分の車に積んでいたが、(人証略)によると、一般的に、タイル張り職人としては工事に不可欠な手道具類は手慣れた自分のものを使用し、また自己の責任で保管するのが通常であり、正雪もまたかような職人一般の当時の習性ないし延長の感覚で、手慣れた自己の所有道具を使用したものであること、また現場には各業者が不規則に出入りするため、白山は普段職人等に自分の手道具類ぐらいは自分で管理するよう注意を喚起していたが、それ以上の指図をしていなかったことが認められ、かような事実をも考慮すると、正雪の通勤途上における手道具類の保管は、未だ、労働契約の内容として雇主白山が指示を与えたもの、すなわち当該労働関係における雇主に対する労働者の義務として予定されていたものとは認め難い。

その他本件にあらわれた全証拠をもってしても、通勤途上における本件災害が業務上の事由によるものであることを肯認させる特別の事情は認められない。

してみると、亡橘正雪の蒙った本件災害はその雇主の白山三穂の指揮監督下において生じたものではなく、業務上の事由によるものといえないことが明らかである。

三  そうすると、右と同様の見解にたって、亡橘正雪の死亡を業務上の事由によるものではないとして、原告に対し遺族補償年金の保険給付不支給の決定をした被告の処分には違法の点はないものというべくこの取り消しを求める原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田辺康次 裁判官 小林登美子 裁判官 大谷吉史)

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